09-5-3 粟津潔先生を悼む
万博政府出展テーマ館の展示プロデューサーとして大変お世話になった粟津潔先生の訃報が飛び込んだ。同年代の一人としてはまだまだご活躍を期待していたのに、残念なことである。つくばが益々遠くなって行くようでとても淋しい。
先生のテーマ館の壁画の制作に当っての言葉とポスター大の壁画の写真を掲載し、心からご冥福をお祈りしたい。
鳥の歌が聞こえてくるように 粟津潔
はじめに、パヴロ・カザルスの「鳥の歌」を聞いてインスピレーションを得た。その曲は、スペインのカタルーニア地方に伝わる民謡であった。カタルーニアは、パヴロ・ピカソやホアン・ミロ、サルバードル・ダリそして、あの聖家族教会を創造したアントニオ・ガウディーを生んだ、地中海に面したところである。カザルスは、「鳥はピチピチと鳴くが、それがPeace、 Peace と聞こえる」といって、鳥のなかに優しい人間の故郷を宿していた。私はこの曲を毎日のように聞いていると、自然と"輪廻"について気付いた子供の頃を想い出していた。それから、わが家の庭を訪れるさまざまな鳥を描くようになり、動物園に出卦けることもあった。そして、TSUKUBA EXPO'85、日本国政府出展のパビリオンである"テーマ館"の70ミリ映画劇場の巨大壁画の主題に鳥を描くことにしたのだった。私は、できるだけ素直に、自分の心に描いている鳥を描くことにした。それは、科学博といえども、ハイテクノロジーの世界ばかりではなく、なによりも自然の偉大さとありかたさを、もういちど再発見することが、きわめて大切なことだと信じていたからだった。そして、その象徴を"はばたく鳥たち"(東)、"沈黙する鳥たち"(西)で表わしたかったのである。この壁画は、およそ全長120m、高さ16mの円形ドームの壁画であるが、その10分の1の大きさ570×165cmを2枚描いた。いかなる人々にも"鳥の歌"が聞こえてくることを願って。
なお、粟津先生の思い出としては、今は遺品となってしまった塑像「晴彗星」も飾ることにしよう。
晴彗星―天女
まだ見ぬハレー彗星、
今私たちを訪れ夜空に輝くという。
一生に一度の光。あの光は、
伝説の「羽衣」にあった天女の遥けき遠い時間から、
訪れた輝玉でもあったのだろうか。
そんな幻想が、創り遊ぶことをゆるしてくれそして、
できた晴彗星の天女1985年
潔
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