再びブログに 08-08-20
ふたたびブログへ 08-08-20
◎ 後期高齢者でもどきどきの初体験―友人の初舞台―
去る8月17日(日)。橘ダンススクール主宰の“2008 Summer Dance Festival” を参観する機会に恵まれた。
ダンスといえば若い頃のキャバレーダンサー相手のチークダンスか、一世を風靡したマンボをアルコールの勢いを借りてステップ踏んだ程度しか経験の無い私。
この日は元全日本チャンピオンの率いるダンス軍団のレッスン成果のお披露目である。会場はホテルニューオータニの芙蓉の間。大いなる好奇心と期待で参観とあいなった。なんでお前がそんなところに? ごもっとも。60年来の友人K氏が、ご自身言うように80の手習いで始めた社交ダンスの初舞台である。この激励のために令夫人、私が名実ともに仲人をさせていただいたご令嬢、さらにその眉目麗しき二人のご令嬢(つまりK氏の孫娘達)と一家総出の応援団の出撃となれば、私がその場にいないわけにはいかないではないか。
14時に開演した第一部が進行する。昔なじみのダンス音楽は少なく、キャッツやオペラ座の怪人などもアレンジされ、映画音楽など流れるとついうっとりとしてしまう。姉孫娘、妹孫娘、と適当な間隔でステージに立つ。ワルツにのって白鳥のように舞う姿に、すっかり成長したことへの感動と喜びと、やっぱり自分が年老いてきたのも仕方が無いというちょっぴり淋しさと。そしてお嬢さん(二人の母親)と舞台は継がれていく。このあたりは心安らかに眺めていた。
コーヒータイムにワインを頂いた。K氏の出番がだんだん近づいてくる。
第二部のトップで令夫人が現れた。わが青春時代の懐かしいテネシーワルツに乗って、軽やかに踊る。たいしたものである。しかし、なぜか胸の動悸がだんだん大きくなってきた。
16時40分。ついにK氏の登場となる。お相手はと見ると若く美貌の、しかも、優しそうな先生である。なぜかほっとする。しかし、K氏の踊る姿といえばデカンショしか記憶に無い。冷房のよく効いている部屋のはずなのに汗が感じられる。
いや、実に堂々とフロアを歩いた。先生の足を蹴ろうとしたら先生の足は胡蝶のごとく逃げてしまった。これはきっと私の幻覚であろう。ほんとうに素晴らしい初舞台であった。
そして、私にとっても素晴らしい初体験であった。家路に向かうタクシーの中でもまだ十分興奮が残っていた。
◎ 人生学習のほろ苦い初体験―オークション―
私は物を捨てるのが大の苦手である。少しは片付けてくださいという女房どのの度重なる催促に、仕方なしにダンボールを広げてみるが、一つ一つに存在の意義があって、捨てられるものはほんの一つまみしか見つからない。結局時間切れでそのままもとのダンボールに収まってしまう。
あるときダンボールの中からこれこそ本当の芥かなと思われたガリ版ずりがでてきた。ほとんど判読困難な紙切れであったが、よく読むと旧制高校時代の共産党細胞の機関紙のコピーであった。そして、その中に友人A氏の名を見つけてしまった。中身は映画評論であった。
A氏は、前出のK氏とともに60年余の仲間である。早速そのコピーを献上したところ大いに感激してくれた。A氏(元著名新聞社の論説委員)が社の若い連中にその評論を読ませたところ、今の文章より素晴らしいとほめられたそうである。よくぞこんなものを持っていてくれたと何度もなんども感謝してくれた。
このような芥のようなものに脚光を浴びさせる天才がいる。N氏である。
昨年ブログに書いたように「つくばへの道」を私費出版したいと考え、その費用を作るために「科学万博グッズ」をオークションにかけようとのN氏のお勧めにのることにした。しかし、オークションというものは私にとってはまさに初体験であり、まったく未知の世界であったので、一切をN氏にお任せしてきたが、このオークションは私の予想をはるかに上回る成果を上げてきた。
ところが、この成果が新たな悩みの原因となってしまったことは、まさに想定外のことであった。
グッズが売れれば売れるほど苦しく死ぬ思いになる。とても私の常識にはなかった言葉。
N氏からの提案による、月末締め、5日後に売上代金を送金という約束。最初のうちはこの約束がきちんと守られていたが、だんだんと送金日が送れてきたのでたずねたところ、オークションで落としたお客のなかにはなかなか支払いをしてくれない人がいて、資金繰りが苦しいとのこと。なるほどと思い月末締め、35日後の送金ではとお話したところ、大変喜んでもらい、これからはまったく問題なくおおいに売りまくろうとのことであった。
ところが7月7日(5月分)に突然売上の13%ばかりを送金してきて、あとは月末だというメールがはいった。驚いて連絡をとると、資金繰りが大変だという。話が違うのでさらに詳細をたずねると、2月頃まで大量に購入したお客の支払がまだ滞っていることもあり、売れるほど苦しんでいるとの返事であった。
沢山売れればN氏の収入も増えるので喜んでもらっているとばかり思っていた私には、まさに晴天の霹靂であった。
これ以上まわりの心配を増幅させ、N氏の心痛も続けさせることは許されないので、N氏と相談し、とりあえずオークションから撤退し、お客の未払い分は私への送金分で清算することにした。
N氏には大変ご苦労をかけてしまった10ヶ月であったが、まったく新しい世界を覗き、まったく新しい感動を知った私にとって貴重な初体験であった。
送り返されてきた7ヶのダンボール。狭い事務室に並べて思案にふけっている。
この間、最大の収穫はEXPO’85のフアンが大勢いて、そのひとたちが今日でも大変熱心に応援してくれていることを肌で知ったことである。できることならこのダンボールの芥-私にとっては宝物-をフアンに再び提供したいし、「つくばへの道」の完成も急がねばなるまいと苦慮しているところである。
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