12 蝦蟇のお酒
12 蝦蟇のお酒
写真 1
ダンボールの底から古新聞にくるまれた変なものが出てきた。高さ20cmほどの陶器である。持ち上げたらどぶんどぶんと音がする。古新聞を剥ぎ取ってみたら、なんと蝦蟇の置物である。しかし、中に液体が入っているようで、よく見ると酒の壷である。姿はまさしくつくばの蝦蟇である。蝦蟇にしては大変愛嬌のある顔をしている。
つくばといえば蝦蟇、がまといえば筑波。筑波学園都市ができるずーと前から、-当たり前だが-四六の蝦蟇はつくばの代名詞であった。つくばの立場からみれば、蝦蟇からの独立、脱却こそ悲願であった日もあったと思う。しかし、今でもつくばの蝦蟇は多くの人達から愛され続けている。
つくば神社の参道では今日でも蝦蟇が大きな顔をしてお客を呼んでいる。
科学万博の前後、筑波山江戸屋のおかみ(すごい美人であった)に何度か蝦蟇の油膏の売り口上を聞かせていただいた。聞くたびに玄人はだしの芸に聞きほれてしまった。いや、玄人だったにちがいない。いま、どうされているだろう。お元気と思うが。
ホームページで伺うと、370年の伝統ある温泉旅館もこの秋リニューアルされたとのこと、懐かしさがこみ上げる。
写真 2
そうそう、今日は蝦蟇のお酒の話であった。自称お酒のツウさんの話だとこれはすごいお酒が現れたものだということになる。お酒も20年も経てば古酒といってまったく違った酒になる。入れ物がガラス瓶だとお酒の中にガラス質が溶け出してくることがあり、味に影響することがあるが、陶器はその心配がないから、最高の味になっているに違いないと喜ばせてくれた。科学万博25周年で乾杯すべきだという。
古酒という名は私も知っていた。新宿の伊勢丹の地下に全国から銘酒を集めた酒蔵がある。その一番奥まった一角に古酒だけを集めたコーナーがある。ずらりと並んだ古酒には驚かされた。一本数万円もしているのがある。でも、千円そこそこのものもある。この値段の差はどこからくるのかまったくわからない。
ちょうどその日は友人宅で晩餐の招待を受けていたので、一本土産に買うことにした。値段が手ごろの4,000円で金雀という可愛らしい名がついていた。友人の家での評判は上々であった。日本酒というより紹興酒に近い感じであった。
写真 3
ところでこの蝦蟇のお酒には「千代筑波」という銘がつけられていた。しかし、醸造元が書いてない。清酒一級 土浦 としか書いてない。醸造元が分からない酒を飲んでも大丈夫だろうか。
これから私の悪い癖がはじまった。この醸造元をどうしても突き止めたい。
まず、茨城県の酒造組合に尋ねてみた。残念ながら「千代筑波」という銘酒は聴いたことが無いし、土浦には組合員は一軒もないとのこと。
それではと、昔お世話になった一人娘の山中酒造を思い出し、電話してみたが、電話口に出られた人は若い人で、万博もよく知らないとのこと。こんなことではまだまだくじけない。次には銘酒「筑波」で検索。石岡酒造に電話。ここで応対してくださった方は年配の方で、大変親切に教えてくださった。たしか昔土浦に醸造所があったが、今は無いようだ。「千代筑波」は聞いたことはないが、地酒で調べると何か分かるかもしれない。それにしても20年もダンボールの中にしまってあっては、30度を越す年も何度もあり、中の酒はとても芳醇な古酒にはなっていないだろう。酒は何年たっても決して毒にはならないが、体調の良くないときに飲むと、軽い下痢くらいはするかもしれない。とご注意を頂いた。
少々、いやかなり落胆したが、醸造元探しはなお続いた。
かくして辿り着いたのが細野酒造であった。ホームページに1903年創設とあり、大変な老舗で「水郷娘」のほかに「千代萬代」というのが乗っていた。これだ。この「千代萬代」の「千代」から「千代筑波」が生まれ、万博中の期間限定商品であったに違いない、と欣喜雀躍して、電話をかけてみた。ところが電話口では女性の声で「数年前に醸造はやめました。」という期待はずれの言葉が返ってきた。万博中「千代筑波」を売っていなかったかとたずねても、その頃のことを知っているものは一人もいないということであった。
ここでこの追跡は終わったわけである。
しみじみと蝦蟇の顔を眺めると、蝦蟇も私の顔をしみじみと眺め返しているようであった。
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