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2007年6月 5日 (火)

7-8 成果と評価(その2-1)

7-8 成果と評価(その2-1)

7-8-2  評価―国内の新聞論調

7-8-2-1  科学は万博だけで終わらない―朝日新聞(916日・社説)

「科学万博一つくは'85」は、入場者2,000万人という目標を達成し、16日幕を閉じる。

「人の波を見に行ったようなもので、人気パビリオンには、一つも入れなかった」とか「メディアあってメッセージなし」「ハードあってソフトなし」といった批判が入場者、とくにおとなの間にあった。店を出した人たちにも「思ったほどの商売にならなかった」という不満が残った。

しかし、何はともあれ、「科学」と銘打った博覧会に、500万人近い子どもたちが訪れ、最先端の技術や科学史、技術史の実物に触れて楽しむ機会を持った。その事実を高く評価したい。

確かに、高度成長の時代には、技術のマイナスの影響を企業の経営者や行政担当者がないがしろにした。環境が汚染され、多くの人たちが病気になったり、命を失ったりした。そのこともあって、人びとは科学と技術に少なからぬ敵意を抱いた。「技術」と聞くと「公害を生んだ元凶」ととらえ、「科学的」という言葉から「人間のやわらかい心を押しつぶすもの」を感じる人が増えた。

しかし、今日、日本人の平均寿命が世界一となり、ひと昔前と比べ比較的平等で豊かな暮らしを楽しむことができるのは、日本の科学や技術の水準が近年大いに向上したことと無縁ではない。

高い平均寿命は、抗生物質や手術だけで支えられはしない。科学的なものの考え方に裏うちされた食生活や医学知識が国民各層にしみ通っていることが大切である。住まいの暖冷房や環境の浄化度も平均寿命と深いかかわりを持つが、その裏方として技術が果たしてきた役割は大きい。

技術力は、福祉の基盤としても重要である。スウェーデンの今日の高福祉水準も、長年にわたる経済成長と、それによって実現された世界最高の経済水準を基盤としてはじめて可能になったのである。資源に乏しい日本の場合、経済を支えているのは、加工貿易であり、製品の国際競争力である。

幸い、日本の技術者はさまざまな分野で、わが国の技術を世界のトップレベルに押し上げた。その結果が、いま、膨大な貿易黒字となリ、経済摩擦のもととなっている。

しかし、摩擦を恐れる余り進歩を止めたり、技術レベルの高さに酔っているわけにはいかない。科学も技術も日進月歩である。きょう「最高の技術」といわれるものが、明日は陳腐化してもはや商品価値を持たない、ということが絶えず起きる。研究と開発の手綱を緩めるわけにはいかない。

これから21世紀にかけて、科学と技術は、さらに急速に発展することが予想される。そのテンポの中で日本が立ち遅れることなく、しかも進歩に伴うマイナスの影響を見落とすことのないようにしてゆきたい。そのためには、科学的なものの考え方や技術の開発に対する国民の冷静な理解と支持、そして若い頭脳の創造性が不可欠である。

つくば博が成功したかどうか。それは、科学や技術に対する国民の理解と親しみを高めることができたかどうかで判断すべきものである。成果は、これから21世紀にかけて、ゆっくりとにじみでてくることだろう。

科学技術に対する人々の目が冷ややかななかでこの博覧会を企画し、実現した関係者たちの労苦に敬意を表したい。

また、この博覧会で得たノウハウを駆使し、失敗の経験を生かし、こどもたちの科学的なものの考え方と創造性の芽をのばす、質の高い常設の科学博物館が、全国各地につくられることを期待したい。

7-8-2-2  成功した“科学のおまつり”―サンケイ新聞(918日・主張)

茨城県筑波研究学園都市の西方で、184日間にわたって繰り広げられていた国際科学技術博覧会(科学万博一つくば‘85)が幕を閉じた。目標の入場者数2,000万人を閉幕前日に超えたこと、大きな事故が会場建設時から会期中を通じてなかったことなど、わが国で3度目の万国博覧会は一応成功したといっていいだろう。

「科学」という中年以上の世代にはとりつきにくいテーマをかかげた万博に、いかにして観客を動員するかが、主催者である国際科学技術博覧会協会の基本構想の主要な課題であった。このむずかしい課題を「科学のお祭り」と位置づけた時、はじめは千葉・浦安の東京ディズニーランドとの差をどう出すのかという疑間を抱いたのはわたくしたちだけではなかったと思う。

しかしこの疑問は、開幕と同時に消しとんだ。ディズニーランドとの決定的な違いは、観客自らが参加できることであった。入場者のうち、文句なく万博を楽しんだのは小学生である。展示施設のコンピューターを操作し、ロボットを動かし、体全体で真剣に“科学”を体験しているようにみえた。これに対し、主催者のねらいの中心であった中、高校生はやや消極的、青年層や中・高年層のサラリーマンや自営の人たちはさらに自ら参加することをためらい、ハイテクが生みだした映像に接してもなんとなく不満足な表情を示す人が多いようにみえた。

仕組みを理解し、納得してから体験をする世代と、生まれた時からコンピューターがあり、すべてを抵抗なく肌で感じとる小学生以下の子供たちとの感性の違いであろう。この傾向はとりもなおさず、21世紀の科学技術の発達の方向づけを示したともいえる。

識者の中には、また観客からも「万博は科学遊園地のようで“なぜ”'に答える科学性がない」との批判がきかれた。確かにそうした面がないではなかった。しかし、もし中年以上の一般の人にもこれらハイテクの最前線にある展示物の仕組みを納得するように説明するとなれば、事実上不可能である。ハイテクの現状は、もはや一般市民の理解を超えるほど高度なのだ。

「なぜ」にこだわるよりも、「科学とは楽しいもの」「むずかしくないもの」という感覚を子供に植えつけ、将来の科学者の底辺を広げることができたら、今度の「科学のお祭りは成功したといってもいいだろう。

科学万博でありながら、およそ科学とは無縁なところでの批判もあった。筆頭は想像を絶する人気パビリオンヘの入場待ちの長時間行列である。観客側にも人気館への集中のし過ぎという面があったが、「万博に行かなかった」人の大半が、この行列に対する嫌悪からだったのは惜しい限りである。

また、地域の活性化と言うねらいと、国の財政難から地元負担を前提に計画されたために、地元に対するゆきすぎた妥協があった。この結果、歴史的イベントらしからぬ、営利のみと便乗の商魂が横行した。売店の騒々しさときたならしさはその典型である。

本来なら純農村地帯である万博会場周辺は、万博のおかげで多くの外国人と接することができ、会場に入れば各国のナショナルデーの催しもみることができた。いわば地元の人は居ながらにして世界旅行を体験するという幸運に恵まれたのである。

この経験を今後に生かすも殺すも地元次第である。

7-8-2-3  科学万博と日航機事故の間―東京新聞(916日・社説)

「未来は明るい」と科学万博。「いや科学は万能でない」と日航機事故。人間と科学の在り方を改めて考えさせられた半年だった。きょう16日、科学万博閉幕。

もし、モノに対する安全装置と同様に、人についての安全装置が確立されていたらと悔しい思いかいまでも走る。

例えば、812日夕、伊豆沖で日航機が操縦不能の第一信を発した直後に救難機が飛び出せる緊急システムが整備されていたとすると、事態は大変わりしていたかもしれない。そして、迷走する日航ジャンボ機を両翼の下から救難機が支えることができたら……、あるいは、ジャンボ機自体が地面に垂直に噴射できる緊急用ジェットエンジンを取りつけることができたら……。

ジャンボ機そのものについては長らく“安全神話”が伝えられていた。確かに、操縦機器のフェイルセーフのシステムや機体の堅ろうさには定評があった。しかし、それはあくまで、飛行機という物体に対して科学・技術が凝集したもので、乗客、つまり人間を救うための高度のシステムにまでは、残念ながら、まだ科学・技術は到達していない。

きょう閉幕する科学万博のメーンテーマは、まさにこの人と科学・技術のつながりを考える「人間・居住・環境と科学技術」であった。

かいつまんでいえば“科学”は学問として物事の「なぜ」を追求し、“技術”は科学の成果を「どのように」人のために役立てるかを考え実現させていくものだ。

184日間で2,000万人を超える観客を呼んだ会場は、こうした科学と技術の最先端を映像やロボットの形でわかりやすく情報として伝えるパビリオンでいっぱいだった。

そこには、情報を主役とした明るい技術社会の未来像があり、とりわけ、日本の各企業が得意のハイテクの工夫を凝らした“`パフォーマンス”は、娯楽としても一級品といえるほどの質の高さを誇っていて、15年前の大阪万博では超人気だった海外諸国の展示さえ今回は色あせて見えたほどだ。

それに、これだけの観衆を連日迎えながら、大きな事故が起こらなかった設備、機器の優秀さも及第点がつけられよう。国際的にも抜きん出てきたわが国の技術の分厚さを改めて知らされた思いである。

“モノ”の視点で見る限りでは、このように成功といえる科学万博だったが、さて“人”とのつながりというメーンテーマの理念に戻ると、やはり、日航機事故と同種の懸念がわく。超人気パビリオンの長過ぎる待ち時間、そして最後まで解決しなかった土産物店とのトラブル、駐車場のわかりにくさ……。

科学万博は“お祭り”であり、観客には、まず科学・技術のおもしろさを知ってもらえればいいと、主催者の万博協会側は開催当初から語っていたが、“祭りの客”の迎え方としては、こうした不備は失礼だった。つまり“人”に対する技術が未熟だったのである。

日航機惨事も、有毒のジエチレングリコールのワイン混入が検査できなかったことも、もとをたどれば、これと同じ結論にたどりつく。これからの科学・技術は、よりいっそう“人”とのつながりを重視する形に変えなければならないということだ。科学万博と日航機惨事の二つの出来事は、そのことを、片や2,000万人の人出、片や500余人の犠牲者の口を借りて語りかけているように思われる。

“お祭り”のあとの哀愁は、この秋、ひとしおである。

7-8-2-4  科学万博「つくば‘85」の総決算―日日本経済新聞(916日・社説)

317日から6ヵ月、184日間にわたって、筑波研究学園都市(茨城県)の西部、広さ約100㌶の会場で開催されていた科学万博つくば‘85がきょう最終日。名誉総裁の皇太子殿下と中曽根首相らを迎えて、午後二時から閉会式が開かれる。「人間・居住・環境と科学技術」をテーマに延べ2,000万人の老若男女が内外から集まった科学技術の祭典であった。パリ条約、(1928)に基づき、主催国日本を含め48ヵ国、37国際機関と28の国内企業グループが参加した万国博。官民6,500億円の巨費を投入したビッグイベント。西暦2,000年まで残り15年の段階で21世紀を展望する未来博。先端技術のシーズ(種子群)が一堂に会したハイテクのショーウインドー。万華鏡のように多種多様、多彩な角度から筑波博をとらえて意義付けることができる。

わが国としては大阪万国博(昭和45)、沖縄海洋博(50)に続く3度目の万国博である。大阪博は総投資額13,500億円で入場者は64,218,770人。

沖縄博は総投資額3,000億円で入場者3,485,750人。総投資額6,500億円で入場者2,000人の筑波博は、沖縄博に比べてはもちろん、高度成長の絶頂期に開かれた大阪万国博に比較してもまずまずの成績を収めたといえる。

国家財政窮迫の折から、筑波博は地元負担、民間活力利用を前提に全体プランが立てられた。会場用地は茨城県が提供し、博覧会以後は筑波西部工業団地として使用される。分譲価格が3.3平方㍍当たリ13万円弱と比較的安いこともあって、ハイテク企業が進出、14区画中12区画は決定、残り2区画も来年3月までには進出先が決まる。会場内の公園や池、周辺道路もそのまま利用される。

6,500億円の投資といってもその内訳は政府館365億円、企業館674億円、外国館約1,000億円、関連公共投資4,400億円である。常磐自動車道など公共投資の前倒し分はそのまま施設が残り、社会資本、国民資産として広く、長く利用される。企業館、外国館は先方の負担だし、政府館関係も会場を離れて研究学園都市の中央に建設されたつくばエキスポセンターは恒久施設として残り、世界最大級のプラネタリウムや大スクリーンの高品位テレビも継続利用される。

筑波博は国が主催するプロジェクトであって、初めから営利事業ではない。事前予想の2,000万人の目標の入場者数を超えたか超えないかとか、博覧会協会の入場料主体の収支が「50億円の赤字」か「10数億円の黒字」か、とかだけで、成否を論じようとするのは本末転倒である。収支をつぐなって余りがあるのは結構だが、博覧会の本来の効用は文字通り“広く見る場”としてのデモンストレーション効果にある。

1851年にロンドンで初めて開かれた万国博のモニュメントには水晶宮が残り(のち焼失)、“ガラスの時代”を予告した。1889年のパリ万国博の後にはエッフェル塔が残り、“鋼の時代”の象徴となった。大阪万国博の跡地、千里丘陵にはいまも“太陽の塔”がそびえている。筑波博の跡には何が残るか、後世への最大遺産は何か。

万国博を機会に世に出た新発明や文明の利器は過去にも数多い。電話、白熱電灯、冷蔵庫、エレベーター、アイスクリームコーンなどはそのほんの数例である。今回の筑波博でも超LSI、光ファイバー、半導体レーザー、バイオテクノロジー、ロボット、人工知能、リニアモーターカー、通信衛星、ニューメディアなどのニューテクノロジー群が会場いっばいに展示され、巨大スクリーン上に乱舞した。

2,000万人という入場者は12,000万人の全国民の6人に1人に相当する。その心に深く刻まれたハイテクの臨場感と印象が筑波博の後世への最大遣産になる。博覧会協会のまとめた入場者の年齢構成は、4歳から22二歳までの若者が37.2%を占め、大阪万国博の34.8%や神戸ポートピアの35.3%よりも高い。“未来への窓”の体験者である若い魂の持ち主からアインシュタインやエジソン、湯川秀樹や江崎玲於奈に匹敵するあすの人材が輩出するか。今後の宿題である。

入場者へのアンケートでは「日本人の3分の2、外国人の7割が来てよかったと答えた」と協会のリポートは述べている。元首6人を含めて外国からは6,600人、国内も合わせると14,000人の要人やリーダーたちが参加した。“豊かな時代の平和な万国博”としての印象が外国関係者の間には強かったといわれる。大混雑はしたが、死傷、火災、中毒などの事故がなくて済んだことも幸いであった。

筑波博で紹介されたハイテクの種子群は今後企業グループの手によって続々と商品化、実用化されて杜会に導入適用される、21世紀博、未来博、ハイテク博としての筑波博の意義がそこに存在する。その意味で、テクノロジーアセスメント(技術の事前評価)のこよなき機会として筑波博の体験を活用せねばならない。

科学技術は使い手の意思と目的によってプラスとマイナスの効果を持つ。原子力、宇宙、海洋、コンピューターなど最近の巨大科学は軍事と平和利用という二つの顔を持つ。また最新の先端技術はいわば未完成であり、思わぬ副作用を社会にもたらすおそれもある。また可能な技術をすべて導入、実用化する必然性や必要性は人間社会にはない。

取捨選択の基準がこれからはきわめて重要になる。国民の一人一人が主役であり、判定を下さねばならない。科学技術への過信や妄信は極力避けねばならないが、不信も正解ではない。是々非々で進まねばならないところに今後の路線のむずかしさがある。イエスとノーを使い分け、注文を出して、よりよい代案を求めるには、一般国民も科学技術の専門家も、ともに話し合う場が不可欠である。

国民の9割以上が中流意識を持つに至った“豊かな社会”の平和な日本であるが、われわれの周りにはまだまだ満たされぬ空白がある。一瞬にして500余の人命を奪った日航ジャンボ機事故が示す「安全」の問題、“核の冬”報告が物語る「平和」と「環境」の問題、社会にまだ絶えぬ「犯罪」や「災害」、筑波博自体が如実に示した「交通」と「混雑」などの課題がある。

われわれの身辺にはまだまだ必要な科学技術が不足しており、われわれの世代にはそれを解決すべき知恵が足りない。筑波博を総決算し、真に望ましいあすの日本の社会設計、生活設計へのスタート台と推力としてそれを役立てねばならない。

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