7-8 成果と評価(その1)
7-8 成果と評価
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7-8-1-1 地元茨城県は、その公式記録の中で、つくば科学万博’85の成果を次のように、高く評価してくれた。
第2節 21世紀に向けて
1茨城のイメージアップ
筑波研究学園都市で繰り広げられた科学万博は、2,000万人を超える内外の人々を迎え、茨城の地で育った科学技術や発展躍進する茨城の産業、歴史と伝統に育まれた香り高い芸術文化に触れてもらう絶好の機会となった。
科学万博を機会に学園都市は、一層国内外から注目され世界的な科学技術の中心地として、基盤が築かれ、茨城の名も国内外に広く知れわたった。
いばらきパビリオンを訪れた観客は、本県を紹介する映像・展示を見学されて
・日本の科学技術の"顔"筑波研究学園都市はすばらしい
・筑波研究学園都市、原子力研究施設、日立・鹿島の工業地帯は、今後世界から注目されるであろう
・茨城は、東京から意外と近いのにびっくりした
などのコメントが残された。
このように、科学万博に訪れた人々は、豊かな大地、躍進する産業、そして県民の心あたたまるもてなしなど、開催県茨城への認識を新たなものにしてくれたに違いない。
2広がる国際交流
かつてこれほど、さまざまな国から多くの外国人が茨城県を訪れたことはなかった。
科学万博会場では、いばらきパビリオンを舞台に国際交流セレモニーが繰り広げられたり、ナショナル・デー、スペシャル・デーへ児童生徒をはじめ県民が友情出演してマーチングドリルや郷土芸能を披露。さらには、遠来の客をあたたかく迎えたホームステイなど、民間ベースの交流も活発に行われた。
また、開催地元県に感謝の念をこめて、出展参加国のエジプトやイタリアから古典音楽コンサートがプレゼントされたり、友好の絆としてフランス、ベルギー、アメリカ、ソ連など13か国の外国館から展示品が寄贈された。
外国からの観客の多くは、科学万博会場のみならず、頭脳都市筑波研究学園都市をはじめ東海・大洗に広がる原子力研究施設、21世紀のエネルギーといわれる那珂町の核融合研究施設、日立・鹿島の工場群や観光・文化施設を回遊し、県内各地で交流親善を深めることができた。
こうした国際親善交流の芽は、牛久町(カナダ・ホワイトホース市)、豊里町(カナダ・サマーランド市)が科学万博を契機に姉妹都市を締結するなど地域で国際交流の輪が広がった。
このように、県民は、世界のさまざまな人々と出会い、理解し合い、国際性を高めることができた。
こうした人と人の交流、心と心の通い合いは、それぞれの胸の内に科学万博の想い出として残されただけでなく、明日への「世界に開かれた茨城づくり」の糧として活かされていくことだろう。
3はばたく茨城
科学万博の成功は、21世紀へ飛躍する茨城づくりにさらに弾みをつけた。
科学万博の開催は、県内の産業・生活基盤等の社会資本の充実をもたらし、ひいては、県経済の長期的発展を促すなど県民福祉の向上に寄与すると考えられる。
とりわけ、常磐自動車道が県内を縦断し、首都東京までの時間を短縮したことは、民間資本の導入促進などに大きなメリットをもたらし、「調和のとれた活力ある地域づくり」の推進力になるものと期待される。
また、わが国の国立研究機関の3割が立地し、21世紀の科学技術の拠点として名実ともに期待される筑波研究学園都市の生活環境も一段と整備された。
科学万博会場跡地は、この都市にふさわしい筑波西部工業団地として生まれかわり、筑波北部工業団地とともに研究開発型企業の立地が決定するなど、ここでは最先端技術の集積をますます高め、真に魅力ある都市として自立発展することが期待されている。
一方、270万県民が一丸となって、科学万博の成功というひとつの目標に向かって遭進したことは、県民すべてに新たなる連帯感と郷土愛を育み、未来に挑戦する勇気と自信をもたらした。
さらに、いばらきパビリオンでは、さまざまな県内の郷土芸能や催事が披露され、自分たちの郷土文化を見直そうという大きな気運にもつながった。
科学万博は茨城県のもつ潜在的エネルギーを掘り起こし、県民に明日への大いなる夢をかきたててくれた。
特に、目を輝かし、興奮とときめきのうちに科学万博を見学した新しい時代を担う子供たちは、日本と世界を同時に見るという貴重な体験をもつことができ、やがては広く海外に視野を向けた国際的人間として成長することであろう。
7年間にわたり県民総参加のもとに進められてきたこのような国際的大イベントの経験は、21世紀に向け、世界にはばたく新しい茨城づくりに大きな財産を残してくれたのである。
7-8-1-2 国際科学技術博覧会協会は、公式記録の中でその成果を、つぎのように述べている。
国際科学技術博覧会の成果
国際科学技術博覧会(科学万博一つくば'85)は、昭和60年9月16日、2,000万人を超す観客を動員して6ヵ月の会期を終了した。
科学万博は、わが国において日本万国博(昭和45年)、沖縄海洋博(昭和50年)に次ぐ3番目の、また首都圏で初めて開催された国際博覧会条約に基づく博覧会である。従って、国家的な大規模イベントとして、開催地・茨城県を含む関東地域および全国の社会経済のさまざまな側面に、大きな影響を及ぽした。中でも、次の諸点を「科学万博の成果」としてあげることができるであろう。
1.科学万博の出展規模は特別博覧会として最大規模を達成し得た。
科学万博は、海外から47ヵ国、37国際機関、国内からは日本政府のほか、28企業・団体の出展参加を得るとともに、内外から2,033万人もの入場者を得、国際博覧会条約に基づく特別博覧会としては史上最大の規模のものとなった。
また、財団法人国際科学技術博覧会協会が実施した来場者実態調査において、日本人来場者の62、1%および外国人来場者の83.6%が「非常によかった」「よかった」と答えているように、科学万博に対する内外の人びとの印象は、おおむね良好なものであった。
さらに、大規模な行事であるにもかかわらず、開催準備および開催期間を通じて、特別な事故や混乱もなく無事終了したことも大きな成果といえよう。
2.科学技術に対する理解を深めることに貢献した。特に青少年への啓蒙効果は大であった。
博覧会協会は科学万博の意義の1つに、「21世紀を創造する科学技術のビジョンを示し、科学技術に対する理解を深める。特に、青少年に未来の科学技術を正しく理解させ、優秀な人材を科学技術の分野に誘引する」ことを掲げた。これは科学技術の啓蒙促進効果が、科学万博開催の大きな柱の1つであったことを示している。
人類社会の発展の原動力としての科学技術の重要性については、広く認識されてきているが、多くの人びとにとって、依然として科学技術は専門的で難解なものである。そこで科学万博においては、観客が楽しみながら科学技術に親しめるよう関係者が創意工夫した結果、科学技術を身近なものとして表現することができた。
博覧会協会が民間調査機関に委託して行ったアンケート調査によれば、科学万博は開催意義があったと思う理由のトップは「青少年の科学技術に対する関心を深めた」(49%)、次いで「科学技術が身近になった」「世界の科学技術を知ることができた」(34・6%)の順である。この項目は科学万博の啓蒙促進効果を示すものであり、この点を開催意義に上げた人が最も多いことは、人びとが科学技術の啓蒙効果を非常に高く評価していることを示している。
特に小中学生の科学技術に対する関心は、「見学後、興味が強まった」(34.7%)という数字でもわかるように、向上効果が顕著であった。
また、科学万博においては、入場者に対してのみでなく、各種マスメディアを通じて科学万博の模様が大々的に報道されることにより、極めて広い範囲の人びとに科学技術に対する関心を高めることができた。
また、科学万博では、コンピュータ・グラフィックス、液晶大画面、平面テレビ、超指向性スピーカー、人間の動きに近いロボット、ニューメディアを使った情報・通信システム、人工知能、バイオテクノロジー等の最先端の技術について、さまざまな新しいプレゼンテーションがなされ、観客に未来の生活に対する関心を高め、人間・居住・環境とのかかわりから科学技術のあるべき未来像を考えるきっかけをつくった。
3.科学技術に関する情報・交換を世界的レベルで行うことができた。
科学万博における海外からの出展は、47ヵ国、37国際機関に達した。この中に、多くの発展途上国が含まれていたことが特筆される。また、催事においては、非出展国24ヵ国を含む49ヵ国が"This Is My Country"に参加したのをはじめ、世界中の多数の国々が何らかの形で科学万博とかかわった。
これらの国々は、各国の科学技術の状況を多面的に紹介するとともに、科学技術と密接な関係にある文化や歴史などについても情報交換を行い、相互理解を深めた。
6ヵ月の会期中、外国人入場者は2,033万人の総入場者の3.7%に当たる75万5,000人にも上ったと推定される。この中には6人の国家元首を含む多数の外国要人の姿を見ることができた。
また入場者に対するアンケートによると、国内では、科学万博に参加したことで国際親善交流に対する興味が以前より増したという人が約4割もいた。また、来場した外国人観客の科学万博に対する評価は、8割以上の人が肯定的評価をしており、この万博を機会に7割以上もの人が日本への関心が増したと答えている。
4.筑波研究学園都市の知名度・評価を高めることに役立った。
筑波研究学園都市には、その学術研究機能に着目して内外から多くの企業が進出しつつある。中でも、科学万博の会場となった「筑波西部工業団地」と研究学園地区の北方に位置する「筑波北部工業団地」は、科学万博の開催とともに分譲が始められ、合わせて23社(昭和61年5月現在)の企業が進出した。この中には、半導体メーカーの日本テキサス・インスツルメンツ㈱や日本電気㈱、医薬品メーカーの武田薬品工業㈱、総合化学メーカーの住友化学工業㈱など、エレクトロニクス、バイオテクノロジーなどノ・イテク志向の優良企業が含まれ、全国初の「研究学園開発型工業団地」を形成することとなった。立地企業の中には、今まで関東にはなじみの薄かった関西系、中京系の企業、また外資系の企業が多いのが特徴である。
従来、比較的知られていなかった「筑波」の知名度・評価が、科学万博を契機に急速に高まり、国内のみならず海外からも注目されるようになったといえよう。
5.茨城県の開発、整備を促進した。
科学万博開催に向けて、茨城県では、地域開発・整備を促進した。
中でも公共投資の内、最も支出規模が大きなものが道路関連事業であり、特に常磐自動車道の開発と首都高速道路への接続は、茨城県と首都とを結ぶ動脈として茨城県の経済はもとより、県内外交流の基盤となった。この結果、東京都心より100㎞圏上都市の中で、水戸が最も短時間(80分)で結ばれることとなった。
この他、高速道路関連では東関東自動車道の成田JCT~大栄インター間の開通により、国際空港と観光地の潮来および鹿島臨海工業地帯へのアクセスの良化をもたらした。また、一般国道では、国道4号、6号、50号といった幹線道路でバイパスが建設されたのをはじめ、筑波研究学園都市を中心とする地方道・街路の整備が積極的に行われ、筑波研究学園都市周辺地区のアクセスは飛躍的に向上した。
港湾整備としては、大洗~北海道(苫小牧、室蘭)間のカーフェリー就航にかかわる大洗港の整備が行われ、フェリーも就航した。
交通安全施設は、科学万博開催に合わせて「交通管制センター」が設置されるとともに、道路案内標識、信号機の整備が行われ、県内外の人びとのスムーズな自動車交通が図られた。この他、生活関連施設では、上・下水道、ごみ処理施設、医療施設などが整備された。
7-8-1-3 陳列区域政府代表会議は、科学万博閉幕後、次のような共同コミュニケを発表した。
陳列区域政府代表会議共同コミュニケ(抜粋)
広く世界各国の参加を得、多くの国々の国家元首や賓客の来訪を得た科学万博―つくば‘85は、国際友好と理解を深める上で、貴重な貢献をしたというのが、万博参加者一同の一致した意見であります。
発展途上国および参加国際機関の代表は、今回新しい措置がとられ、これらの国々や国際機関の万博への参加を容易にしたことに感謝しております。
外国出展者一同、このような成功をおさめた万博を組織し、実施した日本に対し、衷心より感謝の意を表する次第であります。
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